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16.「プータロー、アフリカで300億円、稼ぐ!  ・・・ (2012/04/01)

プータロー、アフリカで300億円、稼ぐ! 

25歳で、アフリカでビジネスを起こし4年で「年商300億円」を実現した青年の話。先行きのない日本経済。これからは中国でも東南アジアでもなく「アフリカ」進出だ!」
大学時代、振込み前の授業料を元手に、アンゴラへの中古車輸出に携わった著者が、卒業前に輸出業をやめて、夢であった地方公務員を目指すものの、就職活動が思い通りに進まず挫折。1年以上にわたり、「プータロー生活」を余儀なくされる。無職のまま25歳を迎えたところで、本格的にアフリカン・ビジネスをスタート。片道切符でタンザニアに渡る。


石川直貴  マガジンハウス  .1,365円(税込) 



  「プータロー、アフリカで300億円、稼ぐ!」という本に出会う少し前に読んだのが、宋文洲氏の「おカネと人生の管理術」という本。宋さんいわく、国民と国は木と森のようだという。国民(木)は森(国)のために働く訳ではないが、1本1本の木が一生懸命働くことで森が立派になる、と。また中国の人にとっても、海外に働きに出ることはとても大変なことで、出来ることならやりたくないかもしれない。それをやらなくてはならないのは、国内に留まっていても、活躍しお金持ちになれる可能性がないことなどからだという。しかし、そうして外へ飛び出す国民が多数いることがこの国を、海外との関係の中で強いものにしているのだそうです。

 近年、日本の学生は海外留学希望する人が減ってきているのだとか。それこそ、国内にいれば、そこそこめぐまれているのに、何ゆえ苦労して海外などに出る必要があるの?ということなのだろう。しかし、人間、どこに分岐点があるか分からない。プータロー、アフリカで300億円、稼ぐ!の著者、石川さんもその一人。ある出会いがなければ、彼だって、一般の日本人のように日本に留まってフツーの生活をしていただろう。

 たまたま留学した韓国での出会いが、彼をアフリカ向け中古車輸出の仕事との出会いを作ってくれる。その面白さを記憶に留めながら帰国した日本は、あまりにも可能性の見えてこない世界だった。就職もままならぬ間に日が過ぎて、ふと胸に去来したのは、かつて韓国にいた時代に経験した、アフリカとの貿易で成功できるはずだという熱い思い。こうしてアフリカ行きを決意するのだった。

 ひとつ未知の領域に進むコツといったものを会得すると、人間、次々にチャレンジできるものなのだろう。なんとなくリスクを回避しえるのかが見えてくるようだ。こういう人にとってはアフリカはとても面白いはず。日本でいえば、ちょうど戦後まくなくの混乱状態の最中、と考えれば近いかもしれない。モノを求める力が国民全体から湧き出してきていて、また、それを扱うことでビックになれるチャンスも多数存在する。しかもルールといったものが確定していない混沌とした世界では、先にやったものがルールを作ることになる。こんな面白いことはないはずだ。


 こうしたチャレンジは、独り身だからこそやれること、なのかもしれない。若さっていいですねぇ。



プータロー、アフリカで300億円、稼ぐ!」 石川直貴  マガジンハウス  .1,365円(税込)


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
ひょんなことから日本を脱出、アフリカへ。幸運と仲間にも恵まれ、たった4年で、大陸を股にかけた41個のビジネスグループの総帥に。アフリカでだからこそできた、著者の逆転人生。

【目次】(「BOOK」データベースより)
1 授業料目当てで始めたアフリカン・ビジネス(夢も取り柄も見つからなかった少年時代/お金のかからない大学が、近くにあるじゃないか! ほか)/2 夢を求めて、タンザニアへ(留学生には、あまりにシビアな就職活動/最初のビジネス拠点、タンザニア ほか)/3 西部アフリカでのさらなる飛躍(アフリカ流のリスクヘッジ/いいことも悪いことも、一部の地域だけ ほか)/4 再び東へ(「無欲」が引き寄せた金の卵/本物の金の見分け方 ほか)

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
石川直貴(イシカワナオキ)
1981年、沖縄県生まれ。タンザニア、ベナン、マダガスカルなどを拠点に、41のアフリカ企業の経営に携わる(2012年1月現在)。20代にして「年商300億円」を実現した。日本における「アフリカン・ビジネスの第一人者」のひとり(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)




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