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10.途上国援助・野口英世博士


途上国援助

 国同士の関係は私のような一民間人にはなかなか実態は分かり難い部分があります。浅井前駐ガーナ大使の本(民間大使ガーナへ行く)を読んで実態を知った次第。それによれば、援助する大国は援助と引き替えに市場開放を求めてくる。援助欲しさにガーナがそれを受け入れると、自国の産業が未成熟なところへ、どどっと輸入品が押し寄せてくる。日用品はもちろん、食料品まで効率よく生産された海外製品が輸入される。そんな訳で、いっこうに自国内産業が育たないという、まった何時になったら自立出来るのだろうという悪循環にさいなまれる。

 友人に、いっそ欧州がEUとして連合したように、アフリカ諸国家で連携して欧米に対抗したら?と言ったら、「まさにそれをやろうとしたのがエンクルマ初代大統領だったんだよ」と。「あまりに彼の構想が早すぎたんだねぇ」と伝えると、友人もまさにそう言いたかったのだそうです。エンクルマ初代大統領が、今見直されているのには、そうした訳があったのですね。

 さて、かつて「低開発国(under developed country)」という言葉がありました。それがいつのまにか「発展途上国(developing country)」と変わっていました。見栄えから変えた感じですが、実際には先進国の上昇曲線と発展途上国のそれを比較すると、いつになったらクロスオーバーするのか見えてきません。恐らくそれには1000年単位の展望が必要なのでしょう。確かに長い歴史で見れば、確かに「世界四大文明」がそのまま先進国とはなっていない訳ですから。それにしても先の長〜い話しになりそうですねぇ。

 

 オバマ米国大統領への期待は大きいようです

アメリカの援助で幹線道路の拡張が行われていました

 高級一眼レフカメラを首からぶらさげ、マーケットを見学する白人。臭いがきつい、としかめっ面でした。  マーケットの近くを流れる川。まあ汚いといえばその通りなのですが、先進国日本だってついこないだまではこんなもの



野口英世 博士

 野口メモリアルガーデンなるものを地図にみつけ行ってきました。分かりにくい場所で、まずはガーナ大学を探し、そこから辿っていきました。東京のガーナ大使館で貰った資料の写真では屋外にあったはずの銅像が建物の中にありました。施設内を歩いてみましたが、日本人らしき人は誰もいませんでした。

 野口英世博士の実績にけちをつけるつもりは全くありません。ただ、没後80年もたった彼以外に、日本がガーナ人に認められる人材を輩出していないことに他なりません。ガーナ人何人かに聞いてみましたが、誰も野口英世のことを知りませんでした。


 
 地図には出ていても、誰も知らないというので、まずはガーナ大学へ行き、(その近くらしいので)そこから辿ることにしました。  こちらは大学の学生寮のようですが、廊下にカラフルな民族衣装が干してありました。


  ようやく見つけたのがこちらでした。なんとも分かりにくいところで、しかも入り口には門番がいますので、一般の人が見学にくることはないでしょう。

 (写真右)野口英世博士の銅像ですが、資料の写真では屋外に建っていました。なんらかの理由で屋内に置き、見たい人はガラス越しに見る形に変わっていました。



 施設入り口にはゲートがあり警備の人がいます。アメリカ大使館のたたずまいもそうでしたが、資金援助してくれる国の施設にはいかめしい警備がいて、むしろ一般市民が近づくのを拒絶しているかに見えました。援助をしてくれるから大事にしてくれているだけで、一般市民に日本がこの国のことを真剣に考えていることを伝えようとする雰囲気は感じられませんでした。ちなみに小泉純一郎氏も首相在職中にこちらを訪れているようですが、そんなあたりをどう感じたのでしょうかね。


   
   


 ガーナのビジネス人に聞いてみました。日本、もしくは日本人にどんなイメージを持っていますか?と。答えは、日本は塀をめぐらしていて、中にいる日本人が見えてこない。時折、門からトヨタやキヤノンなど日本製品が出てくるだけのイメージ、だという。援助をしても、その国の人、感謝は勿論、存在そのものすら感じさせることが出来ていないなんて、何かヘンですよね。浅井元駐ガーナ大使のような、直接市民とコンタクト出来る人が、長く、継続してリードしていかないと現状は変わらないかもしれませんね。



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